« 上質な生活 | トップページ | 女子留学生 »

2012年9月29日 (土)

鹿鳴館での舞踏会

 日本でも過って鹿鳴館で舞踏会が開催されていた。鹿鳴館での舞踏会は日本が西欧と同じ文明国であることを西欧人に示し、不平等条約を改定するために国策であった。鹿鳴館は現在の日比谷公園の向かい、帝国ホテルの並びに1941年まで存在した。現在、跡地には某中堅生命保険会社の本社が建っている。
H_rokumeikan1
 さて、その鹿鳴館の花とうたわれた大山捨松であった。捨松は会津藩家老山川尚江の末娘、津田梅子らと日本初の女子留学生として1872年アメリカにわたり帰国後、大山巌の妻となった。留学帰りの彼女は英語を流暢に話し、美しくダンスも上手だった。鹿鳴館の花に相応しくコルセットをキッチリと締め、当時流行のバッスルをつけている。

Shige11

 果たして、鹿鳴館での舞踏会は不平等条約改定に些かの貢献でもしたのだろうか?舞踏会は舞踏会であり、政治は舞踏会では動かない。だからこそ鹿鳴館は愚策の象徴、猿真似と批判されている。残念ながら日本には定着しなかった舞踏会ではあるが、何らかの純粋な社交の場は社会に必要とされている。日本にはそれが欠けており、豊かさが生活の質向上につながっていない。

« 上質な生活 | トップページ | 女子留学生 »

コルセット」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/585725/55775895

この記事へのトラックバック一覧です: 鹿鳴館での舞踏会:

« 上質な生活 | トップページ | 女子留学生 »

無料ブログはココログ